消し炭をたくさんつくったの巻

1月17日の「里山の竹林とつきあう技術研修その2」で、消し炭づくりをやりました。けっこう大量の「消し炭」ができたのですが、どなたかほしい方がいらしたらば今のうちならおわけできます。
下の写真は、燃やしているところ。

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製法はいたってシンプル……のようであって、そうでもないのですが、まずは「国史大辞典」を参照してみましょう。こちら。

普通に木炭とよばれる炭の歴史は、人類が火を用いるようになった時から始まる。食べ物を焼いたり寒さを凌いだりするために燃した薪の「焚き落し」を始末してできた軟質の「消し炭」が木炭の原体であるからである。縄文・弥生遺跡などから出土する炭の多くは、燃えさかる薪の下積みになっていた薪の不完全燃焼によって炭化したものであるが、点火しやすくて火持ちがよい上に、煙を出さない炭の効能を知るようになると、地面に穴を掘って薪を積みあげ、上積みの薪だけを燃して下積みの薪の炭化をはかった和炭(にこすみ)に近い消炭が作られるようになる。

そして、今回の大きな収穫として、大変「よく燃えた」ことが挙げられる。昨年9月中旬の火入れのときには、燃えにくくて苦労しました。今回何が違っていたのでしょう。

① 竹材の含水率が低くなって乾燥していた……燃やしたのは主に6〜7月に伐採した竹。9月には長雨による影響も加わってかなり高い含水率だったと思われる。今回も、雨が続く日もあったが、雨と雪とでは違うのか。時間の経過による自然乾燥が進んでいたということか。積まれた竹の下の方はまだ青さを残しているものもあった。たたくとカンカンと高い音がしていかにも乾いていますという感。枯竹の中にはじとっと水分を含んでいるものもあったが、全体の2割未満だったのではと思う。

② 材をなるべく密に重ねていった……要するに、材と材が密になるようにした。具体的には玉切りしたことと、枝をある程度払ったこと。火勢が出てからは浮くような材も入れたが、初期の「積んだ」状態では材と材を密にした。

③ 点火には十分に燃えやすいものを&次の段階には乾燥した竹材を密に重ね→その上には枝つきの長いものもまぜる……火勢が出るまでは慎重に丁寧にやったということと、火勢が出るまでには想像以上に材がいることを計算して積んだ。

④ 火勢が出てからは、燃えにくいものも投入したが、かえって「じっくり燃える」ことに寄与したのではないか。

⑤ そうとうに火勢がついても、延焼するような燃え方はしなかった。炎が内側にまわりこむ。外へとひろがらない。どう延焼させるかはまた違った方法が必要なのだろう。

 

⑤の課題克服へ向けて、さらに探求を重ねていきたい。

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